新型コロナウイルス感染症で厄介なのは、誰が感染を拡大させているのかが見えづらいこと。

土曜日の晩は「元気」だったので大勢の人と接したが、月曜日になって咳、熱などに襲われ、感染していたことに気がついた。米疾病対策センターの推計によればそのような症状が出る前の人がウイルスをうつすケースは感染例のおよそ半数を占める。さらに実態をつかみにくいのは、ウイルスに感染していても全く症状が出ない人のケース。CDC によれば、全米の感染例のうち、そうした無症状の感染者は 4 割に上るという。発症前に他人に感染させる人や、無症状の人がなぜこんなにも多いのか。知らない間に感染が広がるのは、インフルエンザやかぜなどのウイルスも同じ。

しかし、新型コロナウイルス感染症では極端に把握が難しく、コントロールも難しい。問題の一つは、病状の現れ方がよくわかっていない点にある。高齢者のほか、既往症を抱えている人の方が、重症になるケースが多いことは明らかになっている。しかし、感染しても重症化を免れる人についてはよくわかっていない。「無症状者を把握する難しさ」無症状での感染拡大を調査しようにも、そうしたケースがどれくらいの頻度で起こっているのかを把握することが最大の難関。どこも調子が悪くない人は、そもそも検査に行くこともない。中国やアイスランドのように広範な 検査を行った場所でさえ、信頼性の高いデータは少ない。理由の一つは、検査を受けた人が後になって発症したかどうかを、十分な期間を設けて追跡する調査が行われていないためだ。

7 月 22 日学術誌「Nature」に掲載された論文では、パンデミック 発生当初の中国、武漢においては、発症前のウイルス保有者による感染を保健当局が知らなかったため、感染例の 87%が見 逃されていたと推測されている。症状が全く出ない人による感染を調査することは困難なため、そのような人にどのくらいの感 染力があるのかは不明瞭だ。CDC は、無症状者の感染力は症状があるケースの 75%ほどではないかと推定している。これ は、症状の有無や程度によって、体外に排出されるウイルスの量や感染力にどのような違いあるかについて調べた研究に基づ いている。無症状の人はウイルスの量が少ないのかもしれない。特殊な免疫反応によってウイルスを抑え込んでいるよう。と米 アイオワ大学教授で微生物学と免疫学が専門のスタンリー・パールマン氏はそう説明する。学術誌「Nature Medicine」に掲 載された論文によれば、無症状の人は全般的に免疫反応が弱く、ウイルスと闘う武器である抗体をあまり作らないことが示唆さ れたという。

「若さの背景にあるもの」研究者たちは、どんな人が無症状や軽症になりやすいのかを調べている。新型コロナウイルス感染症 は高齢者では死亡に至るリスクが高い一方、若者の大半は重症化しない。重症化するかどうかについて「関連性が圧倒的要素 は年齢」と、ハーバード大学ブリガム・アンド・ウィメンズ病院感染症科の医学部教授ポール・サックス氏は言う。しかし、一般的 に若者の方が健康であるという単純な理由からではない。新型コロナウイルスが細胞に感染する際の入り口となる ACE2(ア ンジオテンシン変換酵素2)というタンパク質を多く持っている人は、より高リスクなのではないかとの説がある。高齢者は全身や、ウイルスにさらされやすい鼻に ACE2 を若者より多く持っているのだ。また、肥満の人も ACE2 が多い。注目が集まって いる説は他にもある。若者の方が一般的に呼吸器系のウイルスに感染することが多く、それが新型コロナウイルスに感染したと きの危険度を下げているのではないかというもの「すでに複数種類のコロナウイルスに暴露されているため、新型コロナウイル スに対する部分的な防御態勢が出来ている」とサックス氏は説明する。

7 月 15 日付けの学術誌「Nature」に掲載された論文では、特定の種類のコロナウイルスに感染して回復した人は、新型コロ ナウイルスを撃退したり軽症に抑えたりできるような「メモリーT 細胞」を保有しているのではないかと主張されている。あるい は、無症状の人は単に遺伝的に運が良いだけではないかと示唆する研究もある。特定のタイプの ACE2 遺伝子を持つ人は、 新型コロナウイルスに感染しやすかったり、炎症を起こしやすいせいで肺にダメージを受けやすかったり、血管が収縮して症状 が重くなりやすかったりする。 「無症状」にもいろいろある?」他の一般的な感染症でも、無症状のまま感染を拡大させることはありうる。だが、研究は重症患 者に注目して行われることが普通であるため、無症状者が関わるケースは見落とされがちだ。こうした見えない感染の実態を 把握するための調査が、2016 年の秋から 2018 年の春にかけて米ニューヨーク市で行われていた。市内の複数箇所の 214 人を対象に毎週、かぜの原因となる従来型のコロナウイルスやインフルエンザウイルス等、18 種類の呼吸器系ウイルスの検査 を実施した。1 年半の調査の結果、陽性のケースのうち、なんと 55%が無症状であり、ほとんどのウイルスにおいて無症状感染 の割合は 70%を超えた。とはいえ、こうした無症状者の感染力について、特にインフルエンザ研究者の間では見解が分かれて いる。「インフルエンザウイルスの潜伏期間は 1、2 日。感染はすばやく起こり、多くの場合、症状は軽く済みます。 患者の行動歴をたどって感染した経緯を調べようと思っても、大変難しいもの。新型コロナウイルスの感染経路を突き止めるこ とは容易ではないが、カウリング氏が言うには、最長で約 2 週間という長い潜伏期間のおかげで、接触者を追跡したり無症状 感染者を特定したりするチャンスは増える。

ただし、ここで注目すべきは感染していることを告げられると、そう言えば全く症状 がなかったわけではない、と考え直す人がいることだ。「症状について聞かれて初めて、体調が良くなかったことを思い出すの です」とカウリング氏は述べる。「喉がイガイガする、頭痛があるなどの軽い症状や、調子が悪いものの、感染による症状なのか 寝不足のせいなのかよくわからない、というグレーゾーンがある 新型コロナウイルス感染症の症状とされるものは日々増えつつあるので、何がそれに当たるのかについて混乱があるのも無 理はない。現在では、味覚や嗅覚の喪失、吐き気や下痢など消化器系の症状なども、典型的な症状の中に含まれている。これ まで完全に無症状と思われてきたケースは、あまりに症状が軽いために、本人も感染を疑わなかっただけかもしれない。グレー ゾーンについての知見を深めることが、ウイルスの感染拡大を抑える鍵になるかもしれない。「軽い症状にどんなものが多いの かがわかれば、感染者を迅速に特定し、隔離することができるようになるでしょう」とマイヤーズ氏は言う。「完全に無症状という ケースが思ったよりも少ないのであれば、今後の道筋や活動制限の緩和方針に大きな影響を及ぼすかもしれません。」

(National Geographic より)