2017.08.24

「国を滅ぼすこともある蚊の怖さ 歴史を動かした感染症」

 

日本では、蚊は吸血時に「かゆみ」を起こす害虫というイメージがありますが、熱帯や亜熱帯の国々では、マラリアやデング熱などの感染症を媒介する昆虫として恐れられています。日本からの旅行者がこうした国々で感染するケースも少なくありません。
世界史を振り返ってみると、蚊が媒介する感染症が歴史を動かした出来事がいくつかあります。5世紀におきた西ローマ帝国の滅亡。直接の原因はゲルマン民族の移動によるものですが、帝国内でのマラリアの流行も一因とされています。この時代、イタリア半島には北アフリカなどから多くの移民が押し寄せており、その中にマラリアの患者も数多くいました。さらに、帝国末期は経済の崩壊などにより、河川の改修工事が滞り、各地で蚊が大量に発生していました。こうした状況の中、イタリア半島を中心にマラリアが大流行し、それが帝国の衰退を招いたのです。このマラリアの流行は帝国滅亡後も続き、その土地に侵入してきた多くのゲルマン民族も葬り去りました。
日本でも長い間、蚊が媒介する感染症が各地で流行していました。マラリアは本州以南で流行しており、平安時代末期に活躍した平清盛もマラリアで死亡したとされています。また、明治維新の英雄・西郷隆盛はフィラリアによる陰嚢水腫をおこしていました。この病気も蚊が媒介する感染症で、日本でも九州や沖縄を中心に1960年代まで流行がみられていました。そして日本脳炎も蚊が媒介するウイルス感染症で、60年代でも毎年2000人近くの患者が発生し、そのうち30%近くが死亡していたのです。
これらの時代の日本国民は、蚊が重症の感染症を媒介する恐ろしい昆虫であることを知っていましたが、高度成長期を経て、日本から多くの感染症が撲滅されると、蚊が感染症を媒介するという知識が薄れてしまったようです。2014年東京都の代々木公園を中心にデング熱の国内流行が発生し、蚊の恐ろしさを再認識した方も多かったのではないでしょうか。
かつて日本で流行していたマラリア、フィラリア、日本脳炎は、夜に活動する蚊が媒介し、夜の時間帯に吸血します。このため、日本では夜間蚊帳を張ったり、蚊取り線香をたいたり、蚊に刺されないようにしてこれらの病気を予防していました。
その一方、デング熱を媒介する蚊は、昼間に動きが活発になり、その時間帯に吸血するため、昼間蚊に刺されないようにすることが大切です。蚊の多い場所に立ち入る時は、皮膚を露出しないようにし、露出している部分があれば虫よけ剤を塗る対策が有効です。
蚊が媒介する感染症として新たな脅威になっているのがジカ熱(ジカウイルス感染症)です。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの時は、開催が危ぶまれる事態にもなりました。その後、ジカ熱は東南アジアでも発生していることが明らかになり、日本からの旅行者が滞在中に感染するケースも報告されています。この病気を媒介する蚊は、デング熱と同じく昼間に刺す蚊なので、予防には昼間の対策が必要です。
ジカ熱は発熱や発疹などの症状をおこし、1週間ほどで回復しますが、従来の蚊媒介感染症にみられない危険な点が二つあります。一つは妊婦が感染すると、胎児に小頭症などの健康障害をおこす点。もう一つは性行為でも感染する点。ジカ熱の危険性が、日本でどれだけ知られているのかを一般国民を対象に調査した結果、胎児の健康に影響を及ぼすことを知っていたのは約7割で、性行為で感染することを知っていた人は約3割しかいなかったそうです。 蚊は感染症を媒介する昆虫であることを知っておいてください。

毎日新聞医療プレミアより