2017.6.10

「ヘルスツーリズム」

旅行業界に、「ヘルスツーリズム」という観光ジャンルがあります。健康の増進や回復を主な目的とした旅行・観光のことです。もともと旅行は健康との結びつきが強いものであり、旅に出れば誰もが規則正しく起き、しっかりと朝食をとり、観光地を巡って適度な運動をします。旅行という非日常に身を置くことで、ストレスが軽くなり、健康な生活へと行動を変えやすくなります。

 

ヘルスツーリズムの歴史は古く、欧米では古代ギリシャ時代から温泉や海などの自然を利用した治療・保養が行われてきました。日本では、効能の認められた温泉で治療を目的とする湯治が、江戸中期に一般庶民に普及しました。現代のヘルスツーリズムは、「科学的な根拠に基づいた健康増進・維持・回復・疾病予防につながる健康的な旅のプログラム」と世界的に定義されています。

 

日本でも、さまざまな地域でヘルスツーリズムが取り組まれています。健康がテーマの旅というと高齢者向けと思われがちですが、ヨガなどの運動と地元の食材を活かした健康食 で構成されたプログラムなど、レジャー要素の強いものも多く、女性を中心に人気を集めています。企業の福利厚生プログラムとしても活用され始めています。

 

プログラムの多くは温泉地に偏りがちでしたが、近年は温泉地以外の場所でのプログラムも増えています。花粉症で悩む人を対象に、花粉のない土地でストレスを緩和する観光を体験してもらい、体質改善の成果を確認する「北海道スギ花粉リトリートツアー」、熊野古道を語り部や運動インストラクターとともに歩くことで、自然治癒力を高める「熊野で健康ウォーキング」などがその一例です。

 

現状は、ヘルスツーリズムのプログラムを作ってはみたものの、まだ実験段階という地域も多く、実際にビジネスとして成果を上げている地域は一部にとどまるようです。ヘルスツーリズムという名の通り、観光と健康の両面を持つがゆえに、医科学的な根拠による裏付けを取ることも課題です。健康や医療に関する知識を持ったガイドやインストラクター、プログラム開発に携わる保健師や管理栄養士、理学療法士等、さらには地域の関連機関をまとめ運営・プロデュースする人など、様々な種類の人材が求められますが、地域にそうした力を持つ人材は不足しています。

 

経済産業省は2016年度からヘルスツーリズムの品質認証制度をスタートさせ、市場を拡大させようとしています。「安全性(サービスを提供する体制が整っているか)」、「有効性(参加者に健康への気づきを与えているか)」、「価値創造性(地域特有のプログラムを組み込んでいるか)」という観点から審査し、一定の基準を満たしたプログラムに政府のお墨付きとしての“認証”を与えるのです。事業者はホームページやパンフレットに認証を受けたことを記載できるため、旅行者はプログラムの品質を一目で判断でき、安心して参加できるというわけです。

 

「世界最長寿国」という確かな“エビデンス”を持ち、自然・温泉・食材などの健康資源の宝庫である日本にとって、ヘルスツーリズムは世界から観光客を集めるための有効な手段です。地域経済という観点から見ても、地域の資源や人材を活用できる、裾野の広いビジネスといえるでしょう。

参考:事業構想 PRJECTDESIGN ONLINE 2016年7月号「16年度から認証制度がスタート 「ヘルスツーリズム」とは何か」